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大阪高等裁判所 昭和56年(行ス)22号 決定 1982年2月23日

事件

抗告人

兵庫県知事

坂井時忠

右指定代理人

一志泰滋

外一四名

相手方

近藤直

右代理人

白石健三

扇正宏

青柳文雄

(大阪高裁昭五六(行ス)第二二号、昭57.2.23第一民事部決定)

主文

原決定主文第一項のうち、抗告人が昭和五六年九月二九日相手方に対しなした相手方の開設にかかる近藤病院につき保険医療機関の指定及び療養取扱機関の申出の受理を同年一〇月一五日付をもつて各取消す処分の各執行停止を命じた部分を取消す。

相手方の右各処分の執行停止を求める部分の申立を却下する。

その余の部分に対する本件抗告を棄却する。

申立の総費用はこれを二分し、その一を抗告人、その余を相手方の負担とする。

理由

一<省略>

二当裁判所の判断

1  本件各処分をなすに至つた経緯及び本件各処分により相手方に回復の困難な損害を生ずる理由は、原決定の理由<編注、理由二、三項>と同じであるから、これを引用する。

2  抗告人は、相手方の本件申立は本案について理由がないとみえるときにあたると主張するので、まず、相手方に対する保険医療機関の指定及び療養取扱機関の申出の受理(後者を以下「医療機関」ともいう)の各取消処分に関する本案の成否につき検討するに、疎明によれば次の事実が一応認められる。

(1)  国民健康保険法(以下「国保法」という)によると、同法三七条による申出を受理された療養取扱機関は、被保険者に療養の給付を行つた場合には、同法四五条により保険者に対し右給付に関する費用(以下「診療報酬」という)を請求し、保険者は、右請求があつたときは、同法四〇条に規定する準則である保険医療機関及び保険医療養担当規則(以下「担当規則」という)その他同法の定めに照らしてその内容を審査したのち診療報酬を支払うものとし、保険者は、以上の審査及び支払に関する事務を都道府県単位で設立された国民健康保険団体連合会に委託することができるものとされており、本件では、兵庫県国民健康保険団体連合会(以下「兵庫県連合会」という)が保険者から右事務の委託を受けていた。

(2)  兵庫県連合会における右受託事務の手続は、(一)毎月一〇日までに各医療機関から提出される前月分の診療報酬請求書の受付、(二)同請求書の内容の点検、(三)国保法八七条により設置されている診療報酬審査委員会(以下「審査委員会」という)による右請求書の内容の審査、(四)診療報酬支払額の決定、(五)右支払額の電算機入力作業、(六)各医療機関に対する診療報酬の支払という順序で行われているが、以上の手続のうち(三)の作業が最も重要であつてその余の手続はいわば機械的に処理されていた。そして、右(三)の審査委員会による審査の方法は、診療報酬請求書の書面審査を原則とし、その診療内容が担当規則の定めるところに合致しているかどうか、その請求点数が法所定の診療報酬算定方法に照らし誤りがないかどうかを検討したうえ適正と認める診療報酬を審査算定し、不当と認めた部分は減点査定をして請求を排除し、これを支払報酬額から除外すべきものとして審査を終え、以上の審査の結果を前提として兵庫県連合会は前記(四)以下の手続を進めていた。

ところで、同連合会に毎月提出される各医療機関の診療報酬請求の方式は、全請求書の内容を集計した国民健康保険診療報酬総括票を表面にして保険者別の診療報酬請求書、被保険者別の診療報酬明細書(入院、外来に区別)を一括して綴じて提出され、審査委員会の審査を終了したときは、前記表面の総括票のみに審査済印を押捺していた。

(3)  相手方の開設にかかる近藤病院は昭和四二年ころから国保法に基づく療養取扱機関であるところ、相手方は、同病院顧問塩郷永治、同病院職員木元美文らとともに、同五二年五月九日ころ、兵庫県連合会業務第二課長として診療報酬の請求事務等を担当していた井上重由に対し、審査委員会の審査により診療報酬請求が減点されるのを防ぐ対策を依頼し、これを承諾した井上は、同五二年九月一九日ころから同五三年八月二一日ころまでの間、前後一二回に亘り、近藤病院の診療報酬請求のうち入院等により診療費が高額で審査委員会の審査で減点の対象となるものが多く含まれているとみられる診療報酬明細書を予め除外しておき、その余の分について審査委員会の審査が終了し前記総括票に審査済の印が押捺されたのち、爾後の手続が進められる前に、同請求書綴のなかに予め除外しておいた前記明細書を差し込み、かつ、診療報酬請求書もこれに符合するように書き改めたものと差し替え、もつて同連合会をして、これらが審査委員会の正規の審査を終えているものと誤認させ、その報酬相当額を近藤病院に支払わせた。続いて、相手方は、前記塩郷、木元らを介して、同連合会業務第一課長補佐又は業務第三課長等として井上と同じ事務を担当していた坂本哲也に対して、井上に依頼したのと同様の減点防止の対策を依頼し、これを承諾した坂本は、同五三年九月一九日ころから同五五年一月下旬までの間、前後一三回に亘り、近藤病院の診療報酬の請求に関し、井上と全く同一の手段による差し込み等の作為を加え、これを正規の審査を経たものと誤認した同連合会をして、その報酬相当額を同病院に支払わせた。以上の方法による診療報酬の請求及び支払額の内訳は、井上が関与した分は、診療報酬明細書一七七通、請求点数一五九九万四三七二点、支払額一億四一二六万七二六八円、坂本が関与した分は、診療報酬明細書一四九通、請求点数一七九〇万五三四二点、支払額一億六四四一万二二八三円に達しており、右明細書及びこれに基づく請求書の内容を審査委員会が正規の手続で審査した場合には、以上支払合計額三億五六七万九五五一円のうち約一億円相当のものが減点の査定によりその請求を排除され近藤病院に対する支払額から控除されていたものとみられる。

相手方は、その陳述書等で、井上に対し減点の対象になりやすい高額の診療報酬請求書に関し減点を防ぐ対策を依頼したのみであつて、井上ないし坂本の行つたごとき作為を依頼したわけではないからこれについての責任はない旨の弁解をするけれども、疎明にあらわれた相手方の地位、経歴その他の事情を総合すると、相手方が直接井上に依頼し、又は塩郷らを介し坂本に依頼した減点対策なるものは、井上及び坂本の地位、職務権限を利用して審査委員会の正規の審査手続を経ない方法手段により減点を防止することをも依頼する趣旨であり、井上及び坂本は右依頼に応じ減点防止の方法として前記作為の手段を選び相手方の依頼を実現したものと推認されるのであるから、相手方の前記弁解は採用できない。

また、相手方は、前記診療報酬の請求は、近藤病院がこれに照応する療養の給付を行い架空のものではないから、国保法四八条二号にいう不正の請求にあたらない旨主張するが、国保法が前記のとおり診療報酬の請求があつたときは、審査委員会の審査を経て支払うべきものと定めた趣旨は、同審査の段階で担当規則その他の定めに反する不当、不正な請求を排除、是正することによつて国民健康保険事業の正常な運営ことにその財政を健全に維持するためであり、その目的を達成する方法の一つとして設けられた同法四八条二号の立法趣旨は、診療報酬の請求にあたり、その内容が架空、水増による不正のもののほか、前記審査を免れるため不正な手段を用いるなどその請求手続において不正を行つたものをも含むものと解されるから、相手方の前記主張は採用できないし、右審査手続が、医療機関の保険者に対する診療報酬請求債権そのものを確定するものではないことも以上の結論を左右するものではない。

したがつて、相手方は、前記(3)のとおり診療報酬の請求に関し、塩郷、木元、井上、坂本らとともに不正を行つたものというべく、その行為が国保法四八条二号に該当することは明らかで、その不正の態様に照らすと、抗告人において、同法条及び健康保険法(以下「健保法」という)四三条ノ一二、六号、三号に基づき、相手方に対し行つた療養取扱機関の申出の受理及び保険医療機関の指定の各取消処分は、その処分の根拠を欠くものとはみえず、その裁量権の逸脱があつたものとは解し難い。

よつて、右各処分については、行政事件訴訟法二五条三項にいう「本案について理由がないとみえるとき」にあたるというべきであるから、その余の点を判断するまでもなく右各処分の執行停止を求める本件申立は理由がない。

3  次に、抗告人の相手方に対する健保法による保険医及び国保法による国民健康保険医(以上の両者を併せて、以下「保険医」という)の登録の各取消処分に関する本案の成否につき検討する。

抗告人が右各処分をなすに至つた根拠と主張する(一)夜間の筋肉注射の不実記載、(二)一日入院の記載不備、(三)入院の不当指示のうち、(三)については的確な疎明資料がなく、また疎明によれば、保険医である相手方に右(一)(二)の各行為の外形の存することが一応認められるのであるが、それが保険医登録の取消に値する相手方の故意又は過失によるものであることについての疎明は必ずしも充分ではなく、右行為の態様いかんは右各処分における裁量権の行使の当否に影響するところであり、したがつて右処分に対する本件申立は、行政事件訴訟法二五条三項にいう「本案について理由がないとみえるとき」にはあたらないというべきである。

また、相手方の以上の行為の内容等からみて右処分の執行停止が公共の福祉に重大な影響を及ぼすものとは解されない。

4  よつて、相手方の前記保険医療機関の指定ないし療養取扱機関の申出の受理の各取消処分の執行停止を求める申立は失当として却下し、前記保険医の登録の各取消処分の執行停止の申立は正当として認容すべきであるから、これと一部結論を異にする原決定の一部を取消し、その余の部分に対する本件抗告は理由がないからこれを棄却することとし、申立費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法九六条、九二条を適用して、主文のとおり決定する。

(石川恭 首藤武兵 蒲原範明)

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